いままでの記録 [8]


アメリカの人々は・・ 2016/10/20(木) 午前 0:59

世界は、いままで進行してきた方向とは違った道に進むような、そんな空気が漂っているのだろうか。国家や民族がその壁を打ち壊して、互いに混じり合うのは同じ地球に住む人間として、好ましい動きと思われる。
だが、貧富の格差が広がるばかりのいまの政治を否定するのはいいとして、お互いが壁をつくって閉じてしまうのは、国の中で狭い争いをして、戦争と破壊の歴史を繰り返すことにもなり、格差の問題は何も解決には向かわないだろう。

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(時事小言)反グローバリズム 経済停滞が生む悪循環 藤原帰一  朝日 2016年10月19日

 アメリカ大統領選挙共和党候補トランプ氏の敗色が濃くなっている。選挙の情勢が厳しくなるほど、氏の主張は急進化した。遊説先では、グローバル経済とマスメディアと民主党が一体となって選挙に工作を加え、トランプ氏を負かそうとしている、これは不正な選挙だなどと述べている。

 ほとんど被害妄想のような議論だが、トランプ氏を支持するアメリカの有権者が4割前後に上ることは無視できない。大統領選挙の結果はわからないとしても、トランプ氏を支持した人々は消えるわけではない。

 トランプ氏は、世界各国の企業からアメリカの国内市場を防衛する必要を繰り返し訴え、いま各国でその承認が審議されている環太平洋経済連携協定(TPP)ばかりでなく、既に締結されて久しい北米自由貿易協定(NAFTA)にも反対している。このような保護貿易の主張は、アメリカ政治では伝統的に自由貿易を支持してきた共和党の候補としてはめずらしいといってよい。

 トランプ氏だけではない。クリントン氏と民主党候補を争ったサンダース氏も貿易の規制を訴えた。イギリスでは、欧州連合(EU)からの離脱を求める国民投票の際にも自由貿易の規制と国内市場の保護が訴えられた。

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 なぜだろうか。なぜ自由貿易、さらにグローバリズムに反対する声が生まれたのだろうか。

 かつて自由貿易リベラリズムの中心であった。アダム・スミスにさかのぼるまでもなく、貿易の自由化は経済成長を牽引(けんいん)し、さらに戦争が生まれる可能性も引き下げる効果もあると考えられていた。大恐慌以後のブロック経済の拡大が第2次世界大戦を引き起こす原因の一つになったという認識が、大戦後に貿易自由化を進める根拠になった。

 だが、どれほど経済全体の成長を促すとしても、自由貿易は犠牲を伴う。市場の自由化は国内における競争力のない経済部門を危機にさらし、雇用を奪い、経済格差を拡大する可能性があるからだ。第2次世界大戦後の諸国では、自由貿易という制度を受け入れながら、国内市場に対するさまざまな保護も行うという折衷的な政策がとられることになった。

 この折衷を突き崩し、貿易自由化と規制緩和を進めたのが、イギリスのサッチャー政権、アメリカではレーガン政権であった。従来は市場保護に傾きがちであったアメリカ民主党イギリス労働党も、ビル・クリントン政権とブレア政権のもとで規制緩和と貿易自由化を推し進めた。党派の違いを乗り越え、自由貿易規制緩和が共通する経済政策となったのである。

 政策としての自由貿易が拡大する背後には世界市場の拡大があった。米ソ冷戦終結後の世界では、先進工業国から新興経済圏への投資が進み、世界貿易が拡大を続けたからである。しかし、リーマン・ブラザーズ破綻(はたん)に発する世界金融危機は、新興経済圏に打撃を加え、世界貿易の成長を妨げ、貿易自由化の前提を揺るがしてしまった。

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 貿易自由化が実際に経済成長を促すとき、それに反対する声は比較的少ない。他方、経済が停滞すれば、貿易を自由化するインセンティブは減り、経済停滞の原因をグローバリズムに求める議論が力を得ることになる。イギリス労働党で左派のコービン氏が党首に就任し、アメリカ民主党予備選挙においてサンダース氏がクリントン氏を脅かした背景には、貿易を自由化しても経済成長をさほど期待できないという世界経済の現状があった。

 自由貿易の規制を求める声は、左派勢力ばかりでなく、あるいはそれ以上に、右派勢力にも広がった。イギリス保守党の右派から見れば、イギリス経済はEUの一員となることによって弱められているのであった。トランプ氏を支持するアメリカ国民にとって、NAFTAやTPPは外国企業にアメリカを売り渡す協定にほかならなかった。かつては貿易自由化を支持してきた保守勢力のなかにグローバリズムに反対する勢力が生まれたのである。

 私は保護貿易が合理的な政策であるとは思わない。すでにEU離脱の決まったイギリスがポンドの下落に悩まされていることに見られるように、アメリカやイギリスが市場や貿易の規制に走るなら、世界貿易はもちろん、アメリカやイギリスの経済も打撃を受けるだろう。トランプ氏を支持するアメリカ国民は、自分の首を絞めていると評するほかはない。

 だが、トランプ氏が落選したとしても、グローバリズムに反対する声は残る。経済停滞のもとで左派と右派を横断して反グローバリズムが広がり、それがさらに経済の停滞を拡大する。そのような悪循環が、いま、始まろうとしている。(国際政治学者)


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いままでの記録 [6]

子どもたちに映し出される大人社会の姿 2016/11/4(金) 午前 1:02

家庭では子どもたちを育てる親の暴力、学校ではいじめによって大事な命が失われている。家庭も学校も社会の一部であり、子どもたち姿・行動は社会を映し出す鏡でもある。だが、大人たちは自らが映し出された醜い己の姿が見えないようだ。見ようともしないようでもある。
大人たちは、自分が育てられた過去の夢や経験を子どもたちに負わせて、子どもたちを縛り、欲望・暴力を育てていることが見えていない。社会には、権威・権力と腐敗・格差が広がり、破壊と悲惨が進んでいる。

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(異論のススメ)中等教育の再生 「脱ゆとり」で解決するのか 佐伯啓思    朝日 2016年11月3日
 少し前に、アメリカの映画監督マイケル・ムーアの新作「世界侵略のススメ」をみた。ヨーロッパ各国をまわり、アメリカにはない、各国の「ジョーシキ」を紹介するというドキュメントである。そのなかでフィンランドの教育が紹介されていた。

 フィンランドの教育改革は、2003年のOECDのPISA(学習到達度調査)でいきなりトップに躍り出たことでよく知られている。その理由を教育大臣にインタビューすると、宿題を廃止して、放課後は外で遊ぶように指令を出した、すると学力が上がった、という。いつも勉強ばかりしていては頭もはたらかなくなるでしょう、というわけだ。

 かたや日本では、国際的な学力順位が低下したといい、教科書を分厚くして、授業時間を増やし、英語は小学校から始めるという話になっている。学力低下の原因は、授業がまだ足りないからだ、というのだ。

 また、先ごろ発表された文部科学省の調査によると、昨年度の小中高のいじめ件数は過去最多で22万件を上回り、暴力行為も約5万7千件でこれも増加しているそうである。小中の不登校は12万6千人で3年連続増加している。小学校では、いじめ、暴力、不登校すべて過去最多となった、と報告されている。

 数字に反映されないものも含めればもっと多いだろう。また、統計化すると、個別の事情が隠れてしまい、かえって実態が分かりづらくなる、という点もあるだろう。しかし、いじめや暴力が常態化して学校が機能していない、という話はよく聞く。子供たちには大きなストレスがかかっているようにみえる。

 その上に、PISAのランクを上げるため「もっと授業を」ということになっている。こうなると、学力的にできる生徒とできない生徒の差はいっそう開き、できない生徒はますます学校が面白くなくなるであろう。学校間でも格差ができるだろう。とすると、学力向上の方針が、いじめや校内暴力をいっそう激化する結果につながりかねない。

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 今日の中等教育はあまりに問題を含みすぎており、どこから手を付ければよいのか、途方に暮れるといった状態にある。ストレスを抱えているのは教師も同じで、先の、暴力行為の14%が教師に向けられているという事実をみても、今日の学校の状況が推し量られる。

 地域や学校によってかなりの差があるので、一般化はできないが、とりわけ公立中学校の教師の負担は、教職という職種からすると想像を絶するような忙しさである。週に25時間の授業をしつつ、それぞれの業務のほかに、部活、会議、素行不良生徒への対応等が続き、帰宅は深夜近くになる、などという話はよく耳にする。ある調査によると、フィンランドの教師の学校滞在時間が1日あたり7時間なのに対して、日本は平均11時間半におよぶ、という。

 そこへもってきて、日本では土曜、日曜も部活のために出なければならない。部活にとられる時間とエネルギーは相当なもので、部外者からすれば、いったいどうして部活のウェートがかくも大きいのか不思議なのだが、おかげで教師も生徒もほとんど休日がなくなっている。OECDの調査によると、加盟国の週平均勤務時間が約38時間で、日本は54時間にもなっている。多い教師はこれをはるかに超えるだろう。

 こうなると、教師も疲労困憊(こんぱい)するのは当然だろう。大学をでて教育というやりがいのある職種についたはずの新任教師のかなりが、この現実のまえに挫折し、休職や転職を余儀なくされる。すると、ますます現場の教師の負担は増える。しかも、誠実で力をもった本来の教師らしい教師の負担がますます高まる。こうして優秀な教師もつぶされてゆく。特に校内暴力などの問題を抱えた学校へ配属された有能な教師は、有能であるがゆえに問題校から脱出できず、そのうちに心身ともに消耗してゆく。こんなことが繰り返される。

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 確かに、分数の引き算ができない大学生も問題であろう。PISAの成績低下も問題かもしれない。しかし、本当に深刻なのは、学力的にいえば「中」から「下」へかけた生徒の中等教育だと思う。おそらく日本において学力レベルでトップクラスの子供たちは世界水準でもトップレベルであろう。彼らは多くの機会にめぐまれその多くは充実した学校生活を送っているのかもしれない。しかし、平均から下へかけては、学校自体が面白くなくなってしまう。しかも、いじめや校内暴力、不登校の場合、子供からすれば、家庭がうまくいかず居場所がなくなっているケースが多い。これは、学校だけの問題ではなく社会問題でもあるのだ。

 フィンランド方式は、10年ほど前に日本でも話題になった。もちろん、人口550万人ほどの国と日本の比較はあまり意味はないし、フィンランド方式を日本に持ち込むのは無理であろう。しかし、フィンランド方式とは、一種のゆとり教育であり、平均以下の子供の底上げを狙って個々の子供に合わせた学習を採用するものであった。日本は逆に「脱ゆとり」で、ますます子供にも教師にも負担を強いる方向へ向かっている。思春期にはいる不安定な子供の中等教育はきわめて大事なものであり、一度、どこに問題があるのか、現場の教師の見解も含めて大規模な調査と議論を行うべきときであろう。


個人がつくりだす世界   2016/11/17(木) 午前 0:06

米大統領選挙でトランプが選ばれたことに、世界は揺れている。このひとりの人間が世界を変えるのか・・人々は様々な考えや立場から、その方向を予想している。だが、ひとりの人間というよりも、ひとりの権力がどのような腕力でもって、自分の欲望を実現してゆくのか・・これは予想の問題ではない。
何度も書いているように、政治とは、社会とは、私たちひとりひとりの考えること、望むことの総計なのであり、その心が欲望や権力や対立・争い・暴力をつくりだしているのだ。
この時点で書かれた様々な視点からのものの見方を記録しておいて、世界の動きを見守ってゆこう。

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(時事小言)トランプ氏の当選 指導者失った自由世界 藤原帰一  朝日2016年11月16日
 このたびアメリカ大統領に当選したドナルド・トランプは、どのような政策を目指すのだろうか。

 選挙のさなかにトランプが表明した政策は、貿易における保護主義と、軍事外交における孤立主義である。環太平洋経済連携協定(TPP)はもちろん、現行の北米自由貿易協定(NAFTA)も退け、中国や日本の輸入品に高関税をかけると主張する。北大西洋条約機構NATO)も日米安保も見直すべきだとして、アメリカの同盟政策の改定を打ち出した。

 保護貿易孤立主義の主張はアメリカ対外政策を抜本的に変えるだけに、アメリカ内外の専門家は懸念を表明した。他方、沖縄の米軍基地撤退やTPP廃棄に期待を寄せる人もいる。

 選挙の公約と現実の政策が違うことは珍しくない。では、政権の座についたトランプ大統領はどのような政策に取り組むだろうか。

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 まず、トランプが同盟の見直しは求めても同盟を否定していない点に注意しなければならない。トランプの要求は米軍駐留経費など同盟国の分担増加であり、同盟の見直しは同盟国が負担増に応じるように加える圧力だからである。

 TPPやNAFTAの否定も、貿易協定の廃棄ではなく交易条件の変更、すなわちアメリカに不利と見える交易条件を打ち破ることが目的であると考えるべきだろう。TPPが廃棄された後も、貿易協定を拒むのではなく、アメリカにより有利となる新たな貿易協定が模索されることになる。

 トランプが大統領になったからといってアメリカが同盟を廃棄し、世界経済から離脱するわけではない。それでは、トランプのアメリカは中道的かつ現実的な政策運営に向かうのか。私はそう考えない。アメリカが国際主義から離れてしまうからだ。

 国際秩序を維持する上で必要となる条件が大国の自制である。どれほど軍事力と経済力で勝っていても、大国が自国の利益だけのために行動するならば、他国との衝突を避けることはできない。各国との協力を実現し、維持するためには自国の権力行使を抑制する必要がある。覇権国アメリカの自制は国際協調を実現するためには不可欠の条件であった。

 東西冷戦のもとではアメリカだけでソ連に対抗することはできず、同盟国をとりこむためにアメリカは自制を強いられた。米ソ冷戦終結により欧米諸国の軍事力と経済力を背景としつつ民主主義と資本主義に基づく自由世界の構築が目指されたが、優位を過信したアメリカは自制を取り払ってイラク介入に踏み切ってしまう。その無残な結末に加え、中国・ロシアの欧米との競合が強まり、世界金融危機以後の世界経済が停滞するとともに、自由世界の団結は著しく弱まった。それでもオバマ政権のもとで少なくとも8年間、アメリカ主導とはいえ狭義におけるアメリカの国益だけには走らない対外政策がとられてきた。

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 だがアメリカ国内には、国際主義のもとでアメリカは他国に利用されるばかりだという反発が生まれた。トランプを大統領に選んだアメリカは、アフリカ系、ラテン系、アジア系、そして女性など、白人男性以外の人々を含む多様な社会ではなく、白人男性の主張と力をはっきりと表に出したアメリカであった。そのような立場を外交に反映したものが、国益のためには他国との協調を犠牲にすることも厭(いと)わない、アメリカ第一の対外政策である。

 このような自国優位の政策は、ロシア、中国、それでいえばインドや日本などの現在の指導者も共有する姿勢であるだけに、これらの諸国は、たとえアメリカと利害の対立はあっても、トランプのアメリカと交渉し、生き延びる準備を始めるだろう。だが、国際制度の弱体化は避けられない。

 選挙戦で訴えた政策をそのまま実行するなら、イランとの核合意も、地球温暖化に関するパリ協定も破棄されてしまう。シリア難民の受け入れを拒むばかりでなく、現在アメリカ国内に居住する不法移民も強制退去を求められるだろう。国際制度の役割が後退するとともに、世界は自由世界の統合から国民国家が不寛容に競合する状況へと変化、あるいは退化し、その退化を受け入れようとしないEU諸国、特にドイツとアメリカのズレは拡大せざるを得ない。

 アメリカがトランプを大統領に選ぶことで、自由世界は指導者を失った。国際政治に指導者は要らないと考えるなら問題はない。だが、私たちは本当に権力闘争だけの国際政治を望んでいるのか。国際政治における制度や合意は要らないのか。トランプのアメリカが突きつける問題は、そこにある。(国際政治学者)



(インタビュー)トランプ大統領と世界~米社会学者、イマニュエル・ウォーラーステインさん 2016.11.11 朝日新聞
 
覇権国家のトップに、政治経験のない異端のドナルド・トランプ氏が就く。米国民のみならず、私たちを含めた世界の人々も不安を覚えずにはいられない。「近代世界システム論」を唱え、現代世界の構造的問題を百年単位の時間軸で分析した社会学の泰斗、イマニュエル・ウォーラーステイン氏に聞いた。世界はどうなるのか。


――米大統領選の結果をどのように受け止めましたか。

「個人的には、結果を聞いて驚き、失望しました。一方で、分析的な視点に立つと、この選挙の影響については一言で表現できます。米国内には大きなインパクトがありますが、世界にはほとんどないでしょう」

――どういうことですか。

「米国では、この選挙で右派の力が固まりました。共和党は大統領職を得たうえに議会でも過半数を占め、最高裁でも多数派を握れる状況です。彼らはその権力を使い、多くのことをするに違いありません。例えばオバマ大統領が進めたオバマケア(医療保険制度改革)を撤廃したり、税制を富裕層に有利にしたりするでしょう。移民に対してもより厳しい国となります。これらは大きな変化です」

「しかし、世界に目を向けると、トランプ大統領の誕生は決して大きな意味を持ちません。米国のヘゲモニー(覇権)の衰退自体は50年前から進んできた現象ですから、決して新しい出来事ではない。米国が思いのままに世界を動かせたのは、1945年からせいぜい1970年ぐらいまでの間に過ぎず、その頃のような力を簡単に取り戻すことはできません」

「今の米国は巨大な力を持ってはいても、胸をたたいて騒ぐことしかできないゴリラのような存在なのです。トランプ氏は確かに、オバマ氏やブッシュ前大統領よりも危険な存在だと思いますが、選挙で主張していたように『米国を再び偉大にする』ほどの力があるわけではない」

――世界の超大国であるにもかかわらずですか。

「私は、世界の資本主義システムが構造的な危機を迎えていると考えています。こうした危機の時は予想外の動きが起こりやすい。米国はその混乱を止める手段をほとんど持ち合わせていません。ドルはまだ世界の基軸通貨ですが、価値は30年前から下がっている。巨大な軍事力もありますが、国内のマイナス面が強すぎて、実際に行使するのは難しい」

■ ■

――そんな危機の中でなぜトランプ氏が登場したのでしょうか。

「トランプ氏に投票した人たちには色々な考えがあるはずです。しかし、黒人や女性、ヒスパニックら、新たに力をつけている人たちから『国を取り戻す』という意識にアピールしたのは間違いありません。人種や女性への差別的な発言も問題にならず、むしろ一部の人たちに歓迎されました」

「背景には多くの人が職業を失い、経済的に苦しんでいるという事情があります。でも、米国はもはや世界の製造業の中心地ではなく、何もない中から雇用は作り出せないし、(苦しむ人を支えるために)社会保障を拡充するには税収を上げる必要がある。今は高揚感が広がっていますが、トランプ氏の支持者も1年後には、『雇用の約束はどうなったのか』と思うのではないのでしょうか」

――米国の民主主義に危機が訪れているのでしょうか。

「米国では現在、四つの大きな政治集団があります。共和党主流派が属する中道右派と、ヒラリー・クリントン氏に代表される中道左派の双方は、今回の選挙で弱体化した。あとは、より極端に右に行った排外的な集団と、バーニー・サンダース氏に代表される左派のポピュリストの集団があります」

「右にしても左にしても、先鋭的な集団は内側からの批判を恐れ、どんどん極端になっていく危険性があります。また、現段階で世論調査をすれば、四つの集団はそれぞれ25%程度の支持を得るかもしれません。それだけに、予測がつきにくく、コントロールも難しい状況と言えるでしょう」

――欧州でもブレグジット(英国のEU離脱)のようなポピュリズムのうねりが起きています。先進国共通の問題でしょうか。

「世界経済が芳しくなく、多くの人々が苦しんでいるのは間違いありません。苦しい状況を生み出した『仮想敵』を攻撃することで、『国を再び良くする』と約束する政治集団は各国にたくさん存在し、今後も増えるでしょう。ただ、それぞれの国で、必ずしも多数派の人が賛同しているわけではないのも事実です」

■ ■

――グローバル化の影響が表れているのではないですか。

「私はグローバリゼーションという言葉に懐疑的です。物と人と資本がより簡単に行き来するために障壁をなくす、という状態を指しているのであれば、それは500年前から続いてきたことです。流れによって利益を得る時は皆が開放的になりますが、下向きになると保護主義的になるという循環が繰り返されてきました。最近は、この上向きのサイクルのことをグローバリゼーションと呼んでいますが、すでにスローガンとしての価値はなくなりつつある」

「実際にTPP(環太平洋経済連携協定)やNAFTA(北米自由貿易協定)など、グローバリゼーションの成果とされていた構造は崩れています。TPPは今回の選挙結果で終わりを迎えるでしょう。さらにこうした協定は、実は開放的ではありません。当事者間では障壁をなくしますが、参加していない国との壁は逆に高くなる。むしろ、保護主義的な仕組みだととらえています」

■ ■

――今回の大統領選が大きな影響を与えないとしても、教授の言うように「近代世界システム」は衰退していくのでしょうか。

「現在の近代世界システムは構造的な危機にあります。はっきりしていることは、現行のシステムを今後も長期にわたって続けることはできず、全く新しいシステムに向かう分岐点に私たちはいる、ということです」

――その移行期における日本の立ち位置はどうなりますか。

「新しい世界システムが生まれるまでは、古いシステムが機能し続けます。資本主義システムのルールの下で覇権を奪い合う競争を続けることになる。その参加者としては、米国のほか、ドイツを中心とした西欧グループと、極東アジアのグループが理論的にはあり得ます」

「中国、韓国、日本の3カ国は言葉はそれぞれ違いますが、バラバラにする力よりも統合する力の方が強いように思える。確かに日本の現政権は、中国や韓国との関係を深めることに熱心には見えません。過去についての謝罪が必要な一方で、自尊心がそれを困難にしているのでしょうが、地政学的に考えると、一つにまとまる方向に動くと私は考えています」

――現在のシステムの後に来るのは、どんな世界でしょう。

「新しいシステムがどんなものになるか、私たちは知るすべを持ちません。国家と国家間関係からなる現在のような姿になるかどうかすら、分からない。現在の近代世界システムが生まれる以前には、そんなものは存在していなかったのですから」

「その当時もやはり、15世紀半ばから17世紀半ばまで、約200年間にわたるシステムの構造的危機の時代がありました。結局、資本主義経済からなる現在の世界システムが作り出されましたが、当時の人がテーブルを囲んで話し合ったとして、1900年代の世界を予測することができたでしょうか。それと同じで、西暦2150年の世界を現在、予想することはできません。搾取がはびこる階層社会的な負の資本主義にもなり得るし、過去に存在しなかったような平等で民主主義的な世界システムができる可能性もある」

――楽観的になって、良い方の未来が来ると思いたいですが。

「ですから、それは本質的に予測不可能なのです。無数の人々の無数の活動を計算して将来を見通す方法は存在しません」

「一方で、バタフライ効果という言葉があります。世界のどこかでチョウが羽ばたくと、地球の反対側で気候に影響を与えるという理論です。それと同じで、どんなに小さな行動も未来に影響を与えることができます。私たちはみんな、小さなチョウなのだと考えましょう。つまり、誰もが未来を変える力を持つのです。良い未来になるか、悪い未来になるかは五分五分だと思います。これは楽観的でしょうか、それとも悲観的でしょうか」

――では、米国の大統領になるトランプ氏も一匹のチョウに過ぎないということでしょうか。

「その通りです。大切なのは、決して諦めないことです。諦めてしまえば、負の未来が勝つでしょう。民主的で平等なシステムを願うならば、どんなに不透明な社会状況が続くとしても、あなたは絶えず、前向きに未来を求め続けなければいけません」

(聞き手・真鍋弘樹、中井大助)
Immanuel Wallerstein 30年生まれ。ニューヨーク州立大名誉教授。元国際社会学会会長。近代世界を一つのシステムとして見る「世界システム論」で知られる。著書に「近代世界システム4」など。



「これは庶民の勝利」/「悲しく不幸せな日」 米の地方と都市、進む分断 大統領選 朝日 2016年11月11日
トランプ大統領」の誕生を祝う支持者たち=9日夜、オハイオ州ジラード、金成隆一撮影
写真・図版
 米国では共和党ドナルド・トランプ氏(70)が勝利を決めた米大統領選から一夜明けた9日、東海岸、西海岸の大都市を中心に、トランプ氏に反発する抗議デモが広がった。一方、逆転勝利のかぎとなった中部や五大湖周辺の州では、支持者が歓喜に酔いしれた。米国の都市と地方の分断も垣間見えた。

 大接戦が予想されながらも、トランプ氏が8ポイント以上の差で勝利したオハイオ州。かつて鉄鋼業が栄え、労組や民主党の影響力が強かったラストベルト(さびついた工業地帯)と呼ばれる地域の街ジラードでは9日夜、トランプ氏の支持者が続々とバーに集まり、勝利を喜んでいた。

 「多額の献金をする業界団体ではなく、真に米国人のための政治を期待している」。溶接工のトマス・ビガリーノさん(42)はビールを片手に満面の笑み。「ニューヨークやロサンゼルスなど、リベラル派の都市ではクリントンが勝ったが、米大陸の真ん中ではトランプが勝利した。これは庶民の勝利だ」と興奮を語った。

 同様の支持者の集まりは、やはりラストベルトのペンシルベニア州ウィスコンシン州でも開かれた。

 一方、トランプ氏の支持者たちがエスタブリッシュメント(既得権層)の街だとして敵意を向ける大都市では、悲しむ市民の姿が多く見られた。

 ホワイトハウス前では、雨が降るなか、手を握り合った若者たちが輪になっていた。ぼうぜんとしていた大学生デビッド・ライトさん(20)は「今日は授業に行く気がしなかった。世界の歴史に残る日に何か行動をしたかった」とため息交じりに話した。ニューヨークで、英語教師のイブ・ハーモンさん(60)は「今でも結果を信じられず、落ち着かないので仕事を休んだ。米国にとって悲しく不幸せな日だ」と嘆いた。

 この日、ニューヨークや東海岸フィラデルフィア、西海岸のロサンゼルスなど民主党の地盤でトランプ氏への抗議活動が広がった。ロサンゼルス中心部では9日、トランプ氏当選に抗議する数千人の人々がデモ行進をし、高速道路や一般道路などを占拠した。若いヒスパニック系や黒人、LGBT(性的少数者)の人々が多く、「トランプ失せろ」「我々は、移民は歓迎だ」「トランプやKKK(白人至上主義団体)はいらない」などと声を張り上げた。

 (ジラード=金成隆一、ワシントン=五十嵐大助、ニューヨーク=杉崎慎弥)


トランプ大統領」の衝撃 保護主義に利はない 社説 2016年11月11日(金)付

 米大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏は「米国第一主義」を掲げており、政策面で内向き志向を強めそうだ。

 通商政策では自由貿易の推進に否定的で、保護主義へかじを切ることが懸念される。だが、世界第一の大国が自国の目先の利益にとらわれた行動をとれば、世界経済の足を引っ張り、米国の利益にもならない。

 大統領就任後100日間で実施する政策をまとめた「有権者との契約」では、環太平洋経済連携協定(TPP)について「離脱を表明する」と明記した。カナダやメキシコとの北米自由貿易協定の再交渉や中国製品への関税強化なども訴える。

 12カ国が加わるTPPは、日米両国が国内手続きを終えないと発効しない仕組みだ。日本ではTPP承認案が衆議院を通り、国会での手続きが進んだが、発効は困難な情勢だ。

 トランプ氏の主張は、自由貿易を重視する共和党主流派の伝統的な政策と相いれない。上下両院で共和党が多数を握ることになっただけに、トランプ氏の訴えがどこまで具体化するかは不透明ではある。

 だが、世界経済は低成長に陥り、国際的な経済摩擦が相次ぐ。英国の欧州連合(EU)離脱決定に続き、トランプ氏の言動と政策が反グローバル化をあおることになれば、世界経済は本格的な停滞に陥りかねない。

 ある国が輸入品への関税を引き上げ、相手国も高関税で対抗する。貿易が滞って景気は冷え込み、失業者も増える。そうした悪循環が世界大戦まで引き起こしたことへの反省から、戦後の自由貿易体制は出発した。

 今世紀に入って世界貿易機関WTO)での多国間交渉が行き詰まるなか、自由化の原動力は二国間や地域内の自由貿易協定(FTA)に移った。とくに規模が大きい「メガFTA」が注目され、その先陣を切ると見られてきたのがTPPだった。

 貿易や投資の自由化には、競争に敗れた産業の衰退や海外移転による失業など、負の側面がともなう。恩恵を受ける人と取り残される人との格差拡大への不満と怒りが世界中に広がる。

 だからといって、自由化に背を向けても解決にはならない。

 新たな産業の振興と就労支援など社会保障のてこ入れ、教育の強化と課題は山積する。大企業や富裕層による国際的な税逃れへの対応も待ったなしだ。

 自由化で成長を促し、経済の規模を大きくする。同時にその果実の公平な分配を強める。トランプ氏を含む各国の指導者はその基本に立ち返るべきだ。


トランプ大統領」の衝撃 地域安定へ試練のとき 社説 2016年11月11日(金)付

 政治、外交経験のないトランプ氏の大統領当選で、日米関係は試練のときを迎えている。

 何を言い出すか予測不能。日本との人脈も乏しい。アジア太平洋地域と世界の安定のために日米関係が果たしてきた役割への理解も不足している。

 日米関係を基軸としてきた日本外交の先行きは、不確実性を増している。

 それでも、戸惑ってばかりはいられない。腰を落として冷静に対処するしかない。

 安倍首相は17日にニューヨークでトランプ氏と会談する方向だ。まずは日米関係の重要性を改めて確認し、共有する機会としてほしい。

 そのうえで、来年1月の大統領就任までの期間を生かして人脈を築き、相互理解を広げる努力を重ねる必要がある。

 選挙戦でトランプ氏は、日本など同盟国の負担増を求めてきた。負担を増やさなければ米軍を撤退させるという主張だ。

 だが、同盟国がただ乗りしているような議論は誤りだ。同盟国の存在は、米国自身の安全保障にとっても重要である。

 日本の核保有を容認するかのような発言もあったが、認めることはできない。唯一の戦争被爆国である日本が非核三原則を堅持する。そのことが地域の安定に寄与してきた現実は、米国の大統領として最低限、踏まえるべきである。

 民主主義、法の支配などの価値観で結ばれた日米関係が地域安定の基礎となる。その利益は米国も享受している。

 中国は南シナ海などで強引な海洋進出を重ね、北朝鮮の核・ミサイル開発も止まらない。

 こうしたなかで、トランプ氏が内向きの発想や場当たり的な交渉で外交・安全保障政策を展開すれば、地域の秩序が崩れかねない。そのことは米国自身の国益にも反する。

 17日の会談で安倍首相には、こうした現実をトランプ氏に十分に説明してもらいたい。

 米国と関係の深い国ほど、日本と同じ不安を感じているだろう。日本が率先して、東南アジア諸国連合ASEAN)や豪州、韓国などとの連携を強めることも考えてはどうか。

 一方、不安だからと防衛力の強化ばかりを急ぐことは、地域の安定を崩しかねない。

 軍事に偏ることなく、外交や経済、文化も含め日米の多層的な関係を深め、地域の平和と安定に向けた「公共財」としての役割を着実に果たしていく。

 トランプ大統領の登場を、あるべき日米関係の姿を構想し、考え直す機会とすべきだ。


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(トランプショック どう考える:1)米国という重し、失う世界で 論説主幹代理・立野純二  2016年11月11日
 来年に始まる「トランプ時代」の幕開けを、世界は固唾(かたず)をのんで見守ることになろう。戦後の国際秩序が未踏の領域に入る可能性をはらんでいるからだ。

 地球上のどの国であれ、米国との関係の遠近で国運が揺れる。親米か反米か。その物差しが決定的な意味をもった戦後世界の常識が変質するかもしれない。

 日韓や欧州、サウジアラビアが相応の負担をしないならば、同盟をやめてもいい――。トランプ氏の主張は、米国が築き上げた国際体制を維持する責任に耐えかねているかのようだ。

 「米国はもはや世界の警察官ではない」。そう公言したのは、イラクアフガニスタンの戦争終結を誓ったオバマ大統領も同じだったが、真意は全く異なる。

 オバマ政権は、ブッシュ前政権の単独行動主義を改め、国際社会との協働による戦後秩序の維持をめざした。一方のトランプ氏は、秩序そのものに関心があるのかすら見えない。

 金銭コストが割に合わなければ友邦とも手を切る。そんなビジネス感覚で外交を進めるのが「米国第一主義」ならば、世界は安定の重しを失うだろう。「これからは不確実の時代になる」。フランスのオランド大統領は、そう語った。

 ただ、トランプ氏が登場する以前から、世界の多極化の流れは加速していた。中国は南シナ海で、ロシアはウクライナで、既成秩序に挑むような振るまいを続けている。英国の欧州連合離脱決定という激震も振り返れば、世界の勢力図は、「統合」から「拡散」へと新たな秩序に移る過渡期にあるとみるべきだろう。

 冷戦期からの米国の覇権に基づく体制は「パクス・アメリカーナ(米国による平和)」と呼ばれてきた。それを支えたのは圧倒的な軍事と経済のハードパワーと、自由と民主主義という理念のソフトパワーの両輪だった。

 2008年の「リーマン・ショック」はハードを裏打ちした資本主義の限界を示し、「トランプ・ショック」は米国の理念を損ねる打撃となりかねない。

 このまま衰退を受け入れるのか、それとも発言通り「強い米国」を取り戻すのか。それは政権発足後に、扇動的な政治を控え、現実と理念のバランスをとれるかどうかにかかっている。

 各国首脳らはさっそく、次期政権との関係づくりに乗り出している。安倍晋三首相も今月内の会談の約束を取りつけた。それは「米国詣で」を競う古い風景のようにも映る。

 トランプ時代が求めるのはむしろ、対米関係を客観視する新たな視点だろう。米国の存在が必ずしも約束されない現実の中で、地域の安定をどう築くか。世界全体の外交力が問われる。

 ◇世界を揺るがした米大統領選。全4回で考えます。


(トランプショック どう考える:2)日米安保に新たな試練    2016年11月12日
 トランプ政権の誕生は、日本の外交・安全保障政策にとって冷戦終結以来の大きな転機となりかねない。60年あまり続いてきた在日米軍を軸とした日米同盟の根幹に対し、変更が迫られる可能性があるからだ。

 安倍晋三首相とトランプ氏の早期会談の見通しがつき、日本政府はひとまず胸をなでおろした。だが、トランプ氏の外交・安保政策がなお「予測不能」であるのは間違いない。

 トランプ氏は9日未明の勝利演説で「国際社会に訴えたいのは、米国は常に米国益を第一に考えるが、誰でも、どの国も公平に扱うことだ」と語った。米外交をゼロベースで再構築するともとれる発言だ。

 トランプ氏の今後の日本への出方を占うキーワードは、ここでも触れられた「米国第一」と「公平」だと、添谷芳秀・慶応大教授(国際政治学)は見る。

 「トランプ氏がこのふたつの原則に照らして日米同盟をどう判断するか。日本の負担と役割増大に満足しなければ、沖縄の在日米軍削減という選択肢も出てくる。そうなれば沖縄は歓迎するだろうが、日本政府は難しい対応を迫られる」

 トランプ氏は当選前、日本についてこう語っていた。「日本が対価を払わなければ、数百万台もの車を我々に売りつける日本を守ることはできない」

 9月26日のクリントン氏との討論会で、対日貿易日米安保を関連づけ、駐留米軍経費の全額負担を求めた。応じなければ米軍撤退もありうると示唆。選挙戦では、被爆国・日本が政策として取りえない核保有の容認までにじませた。

 全額負担か撤退か二者択一を迫る論法には「外交はビジネスの取引ではない。先例や理解、相互信頼に基づいた国同士の交渉だ」(ケリー国務長官)との批判が根強い。

 実際に政権の座に就いたトランプ氏が、こうしたやり方を改めるかどうかは不透明だ。日本政府内には「共和党が上下両院で過半数を制し、議会とのねじれを解消したのは大きい。トランプ氏は強力な政治基盤のもと、公約実現を迫ってくるだろう」(外務省幹部)との見方もある。

 東アジアの安全保障環境をみると、中国と北朝鮮は不安定な変数だ。加えてトランプ氏の登場によって日米安保体制までが変数になってしまえば、地域の安定は大きく損なわれる。

 日本として独自の外交・安保戦略を練りあげ、アジアの安定がもたらす米国の利益は、「米国第一主義」と広い意味では矛盾しないことを説く。そうして日米同盟のソフトランディングを図ることが、日本外交に与えられた喫緊の課題だ。

 (編集委員・国分高史 ワシントン=佐藤武嗣)


(トランプショック どう考える:3)深い分断、きしむ民主主義   2016年11月13日
 あまりにも軽く、あまりにも重い選挙だった。

 候補者のわいせつ発言やメール問題が熱を帯び、米国と世界の課題についての議論など吹っ飛んだ。しかし、軽薄なパロディーのように見えるものが、実際の選挙だった。民主主義ってなんだろう。問いは米国の内外で多くの人の心に重くのしかかった。

 他方、民主主義が機能した結果だ、という声もある。嘆いているのは、政治家やメディア、大企業経営者など米国内のエリートや既得権層で、その連中がふつうの人々の考えをわかっていなかっただけだと。

 「トランプ氏は支離滅裂でも、支持する人たちの反乱には理がある」と選挙前に指摘したのは、フランスの歴史学者エマニュエル・トッド氏だ。働き盛りの白人の死亡率上昇などに注目し「米国は大転換のとば口に立っている」と波乱の可能性を示唆していた。

 開票翌日、電話すると「当然の結果」と話した。「生活水準が落ち、余命が短くなる。自由貿易による競争激化で不平等が募っているからだ。そう思う人が増えている白人層は有権者の4分の3。で、その人たちが自由貿易と移民を問題にした候補に票を投じた」

 むしろ「奇妙なのは、みんなが驚いていること」という。「問題は、なぜ指導層やメディア、学者には、そんな社会の現実が見えないのかという点だ」

 たしかに政治家やメディア、世論調査は結果予測に失敗した。それはエリート層が社会の現実を把握できていなかったことも意味するだろう。トランプ・ショックが暴いたのはエリート層と大衆層の断絶の深さとも言える。社会を主導しているつもりの人たちに、ふつうの人々の反乱が民主主義の機能不全と映った。

 指導層が現実を理解していれば、人々に寄り添いつつ、もっと理性的な候補を出せたかもしれない。しかし、できないまま差別感情をあおって支持を集める人物に選挙を乗っ取られた。深刻な分断を放置した社会では民主主義はきしむ。

 気になる世論調査がある。米大統領選をテーマに新潟県立大学が9月、日本の首都圏で500人を対象に実施した。

 もし可能なら「どちらの候補に投票しますか」という問いに、6割強が「クリントン」と答え「トランプ」は1割弱。だが、15歳から29歳までの男性では、支持はどちらも4割弱で拮抗(きっこう)した。

 同大学の猪口孝学長は「将来への不安が立ちこめているのだろう」と見る。「これを『新常態』として直視しなければ」

 民主主義を揺さぶる社会の分断。日本では、それが認識されているだろうか。

 (編集委員・大野博人)


(トランプショック どう考える:4)自由貿易、制限する前に     2016年11月15日
 自由貿易は人々にとって善か悪か――。トランプ氏が打ち上げた環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱方針は、世界中でくすぶる根源テーマを現実課題に引き上げた。

 トランプ氏は大統領選で「米国民の雇用が貿易を通じ他国に奪われている」と訴え、支持された。世界で台頭する大衆迎合主義の政治リーダーたちと同様、グローバル化を敵視する。

 だが、自由貿易が人々を貧しくしたのだろうか。

 中国は15年前、世界貿易機関WTO)に加盟し、自由貿易市場に仲間入りしてから飛躍的に国民生活の水準を高めた。世界の最貧困人口は5年で3億人以上減った。貿易をてこに成長を遂げたアジアの途上国で多くの雇用が生まれたからだ。米国も恩恵を受けている。この20年で経済規模は6割も膨らんだ。

 その間、経済学者リカードが唱えた理論どおりの現象が起きた。自由貿易を進めると、各国で最も優位な産業の生産性が高まり国際的な分業が進む「比較優位論」だ。この現象によって淘汰(とうた)される産業、職を失う人々が生まれた。それがトランプ現象の背景にある。

 ただ、自由貿易を制限しようというトランプ流では問題は解決しない。必要なのは、各国の雇用政策や社会保障による安全網の強化である。むしろTPPのような新しいルール作りを拒絶することで、重商主義や植民地時代のように、世界貿易を「ルールなき無秩序なゲーム」に先祖返りさせるようでは元も子もない。

 それを憂慮したのが元シンガポール首相の故リー・クアンユー氏だった。9年前、TPP構想を携えワシントンでひそかに米国の要人たちを口説いて回った。大国にのし上がった中国が力にものを言わせ、近隣諸国に中国式の経済秩序を押しつけてくる前に、日米を組み込んだ貿易ルールを作ってしまおうとしたのだ。

 今のWTOルールはもともと中国の台頭もインターネットもなかった30年前に練られた。公正で自由な貿易を守るのには古すぎる。しかし、新ルール作りの多角的貿易交渉は失敗した。

 TPPはその穴を埋める起爆剤となるはずだった。刺激された中国は、アジア自由貿易圏のルール作りに前向きになりつつあった。

 「地域主義の衣をまとった保護主義は遅かれ早かれ地域ブロック間の紛争や戦争に発展する。グローバル化は公正かつ受け入れ可能で、世界の平和を守る唯一の答えだ」(「リー・クアンユー、世界を語る」)。

 悲惨な歴史の教訓を強く意識していたリー氏がたどり着いた結論を、トランプ氏ら世界のリーダーたちにも共有してもらわねばならない。

 (編集委員・原真人)



内向き志向、未来へ影 米大統領選 アメリカ総局長・山脇岳志 朝日  2016年7月28日

 米国の景気は日本や欧州より明るいのに、大統領選には暗い影がまとわりついている。

 これほど「嫌悪度」の高い候補者同士が争う米大統領選はかつてない。共和党のトランプ氏に続き、ヒラリー・クリントン氏が、民主党候補に指名され、大統領選の構図が固まった。

 民主党大会では、ライバルのサンダース氏がクリントン氏支持を訴えたが、拍手の中にはブーイングも交じった。初の女性大統領への期待がある一方、元大統領夫人、上院議員国務長官といった華々しい経歴が、逆に「現状維持勢力」とみなされる。「信用できない」という印象もつきまとう。

 共和党大会で、トランプ氏が描く米国は暗黒時代のようだった。治安への不安をことさら強調し、米国が衰退し、他国から屈辱を受けているとみる世界観である。彼が解決策として唱える「米国第一主義」は、同盟国を軽視し、自由貿易に反対する孤立主義的な色彩が強い。

 トランプ氏が当選し、その公約を実行すれば、貿易の減少で、世界経済全体の減速をもたらすだろう。中国やロシアへの抑止力も弱まり、世界はさらに無極化していくだろう。第2次大戦前の高関税・保護主義が戦争の一因になったことを思い起こさせる。

 大統領になればトランプ氏も現実主義的になるのか。ブルッキングス研究所のトーマス・ライト氏は「過去30年、同盟国にもっと負担を、という彼の姿勢は一貫しており、大統領になっても主張を変えないだろう」と話す。

 日本などの同盟国は、米軍駐留経費の負担増を求められ、環太平洋経済連携協定(TPP)も頓挫する可能性は高い。

 クリントン氏など民主党主流派は、トランプ氏とは違う明るい未来を描こうとしている。しかし、トランプ氏と同じく自由貿易に批判的なサンダース氏との対抗上、クリントン氏もTPP反対を打ち出した。

 相次ぐテロの影響もあって、移民への恐怖を含む「内向き」志向が強まっている。米国が間違った方向に進んでいると考える人は約7割に達し、トランプ氏の恐怖心をあおる手法が響きやすい。

 米国の繁栄は、外から資本や貿易財、人を受け入れる開放性によって支えられてきた。この大統領選は、米国と世界を暗い方向に導く転換点となる危険性をはらんでいる。