いままでの記録 [7]


いま進んでいる方向は  2016/8/4(木) 午前 0:35

リニア新幹線をどうして前倒ししなければならないのか・・・。
選挙だ、組閣だ・・と騒いでいる中で、その背後でこんなことが見過ごされてしまっていいのだろうか・・・ここに記録しておく。

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(社説)経済対策 「抜け道」頼みの危うさ 朝日 2016年8月3日

 「アベノミクスのエンジンを最大にふかす」。安倍首相がこう語ってきた経済対策を、政府が閣議決定した。

 総事業規模は28兆円余り。政府系金融機関の融資枠などを除くと、予算と財政投融資で手当てするのが13・5兆円。その柱として、政府が秋の臨時国会に提出する補正予算は4兆円程度。そんな内容である。

 保育や介護施設の整備促進、学校の耐震化、熊本地震の復旧復興を含む防災対策……。補正予算に計上する予定の事業としてそんな項目が並ぶ。

 一方で、疑問符がつくものも少なくない。代表例が「21世紀型のインフラ整備」としてあげられている事業だ。大型クルーズ船を受け入れるための港湾整備、農林水産物の輸出を増やすことをねらった加工施設の建設などが、予算を投じて進める事業として並ぶ。

 訪日外国人を多く受け入れ、第1次産業が海外に打って出るのを支援するのは、検討に値するテーマだろう。しかしなぜ当初予算ではなく、緊急時の対応が役割である補正予算なのか。

 補正予算の編成期間は当初予算と比べて短く、政府内のチェックがおろそかになりがちだ。これまでもたびたび「抜け道」に使われ、財政を悪化させる要因となってきた。

 今回の経済対策にも同じ構図が見える。政府は当初予算に計上した公共事業を景気対策として前倒しで執行しており、年度末に向けて事業量を確保する必要に迫られていることが背景にある。

 「抜け道」はほかにもある。財政投融資の大盤振る舞いだ。やはり「21世紀型のインフラ整備」の柱として、JR東海リニア中央新幹線への支援とともに、北海道などで国と自治体が進める整備新幹線の建設前倒しがあげられている。

 整備新幹線は、毎年度の予算に費用を計上しつつ、国や自治体の財政状況に目配りしながら事業を進めてきた。補正を通じた財投資金で事業を加速させることに危うさを禁じ得ない。

 一連の事業の費用をまかなうために、政府は建設国債国債の一種である財投債を発行する。金額は合わせて数兆円になりそうだ。借金をつけ回しするだけの赤字国債の発行は避ける方針とはいえ、インフラはいったん造ると維持更新費が必要になることを忘れてはなるまい。

 経済対策のテーマは「未来への投資」だという。

 しかし、「未来への負債」を残すことにならないか。政府にその危機感はあるのだろうか。



(時時刻刻)膨らむ対策、見えぬ道筋 旧来型の公共事業ずらり、借金頼み 首相「未来への投資」2016年8月3日

 安倍政権がまとめた28兆円超の経済対策は、事業規模を膨らませることで、アベノミクスを加速させる姿勢をアピールした。だが、中身をよく見れば、これまでも実施されてきた公共事業がずらりと並ぶ。アベノミクスの「限界」が指摘されるなか、経済成長の道筋はまだ見えてこない。▼1面参照

 「未来への投資を大胆に行う力強い経済対策の案をまとめることができた」

 安倍晋三首相は2日、閣議決定する前に開いた政府与党政策懇談会で、こう胸を張った。7月の参院選で「アベノミクスを最大限ふかす」と繰り返してきた首相にとって、投資家らが「大胆」とみなす規模はどうしても必要だった。

 財務省などは当初、10兆円規模の経済対策を想定していたが、官邸は「小さすぎる」(関係者)と取り合わない。来年度予算で手当てする事業も含めた「政策総動員」で金額を積み上げた結果、最終的な事業規模は28・1兆円に膨らんだ。

 第2次安倍政権が発足直後にまとめた2013年1月の経済対策の事業規模は20・2兆円。足もとの景気は当時より改善されているが、それを上回る規模だ。

 その結果、中身は全国にばらまく公共事業がずらりと集まった。地方自治体の負担や、政府系金融機関などを通じて低金利で事業資金を融資する「財政投融資」なども足して、規模を大きくできるからだ。

 一方で「国の借金」も膨らむ。財源には、建設国債約3兆円をあて、財投も6兆円使う。政権はこれを「未来への大胆な投資」と位置づけるが、実際には旧来型の公共事業が多い。

 対策の目玉に据えたのは、JR東海が進めるリニア中央新幹線への財投の活用だ。3兆円を低金利で貸し付けることで、建設費の負担を軽くし、大阪までの全線開業を最大8年前倒しするという。それでも全線開業は2037年。効果が出るのはまだまだ先だ。

 「爆買い」が話題の訪日外国人をさらに誘致するため、大型客船が使える港湾の施設整備や、離着陸回数を増やすための空港の駐機場の拡充も進める。農林水産業では、「輸出基地」をうたった食料加工施設の整備や農地の大規模化などを盛り込んだ。

 復興を含めた公共事業関連に、世界経済の先行きに備えた中小企業などへの資金繰り支援などを加えると、事業規模の8割以上が主に企業向けとなる。

 だが、東日本大震災後の復興事業や、都心部のビル建設などで建設業界は人手に余裕がなく、かえって民間工事を圧迫する可能性もある。金融緩和で民間銀行が企業に資金を貸し出す金利は歴史的な低水準だ。政府系金融機関を使って低金利の融資枠を用意したとしても、資金需要が大きく増えるとは考えにくい。

 (津阪直樹、大津智義)

 ■アベノミクス、「限界」指摘も IMF「相当な改善必要」 経済財政白書「好循環不十分」

 2日夕、麻生太郎財務相日本銀行黒田東彦(はるひこ)総裁が都内のホテルで会談した。麻生氏は会談後、「アベノミクスの加速化に一体となって取り組む」。黒田氏も「デフレ脱却、持続的な経済成長の実現に向けて、ともに努力していく」と応じた。経済対策を決めた直後に財務相日銀総裁が会談するのは異例のことで、政府と日銀の「一体感」を演出した。

 大胆な金融緩和と財政出動は、アベノミクスの柱だ。第2次安倍政権が発足した直後、「異次元の金融緩和」と、5兆円を超える建設国債(借金)を出すなどして行った13年1月の経済対策により、円安・株高が進行。企業の業績が改善するきっかけになった。

 そのアベノミクスが勢いを失っている。

 政府の働きかけで賃上げを実現しても、消費は思うように伸びない。製造業の業績が回復しても、一度海外に移った工場が国内に戻ることはほとんど無く、設備投資は伸び悩む。日銀は7月29日、上場投資信託ETF)の買い入れ額を増やす「追加緩和」策を打ち出したが、市場の反応は期待外れだった。

 国際通貨基金IMF)が2日公表した日本経済についての年次審査の報告書は、アベノミクスについて「相当な改善が必要だ」として、労働市場改革などの構造改革を進めるよう求めた。経済対策は、短期的には成長を押し上げるものの、巨額の債務や前例のない金融緩和による「下向きリスクが支配的」とも指摘した。

 富士通総研の早川英男氏は「日本経済は緩やかな回復基調で、経済対策が必要な状況ではない。やるべきは日本経済の実力を高める構造改革で今回の政府、日銀の連携の方向は間違っている」と語る。

 この日、内閣府が公表した16年度の経済財政白書も、政権が描くアベノミクスによる経済の好循環は十分に起きていないとした上で、若い世代に増えている、非正規社員の待遇改善や規制緩和などに取り組む必要性を強調した。

 経済対策では、17年度から当初予算で保育士や介護職員の所得を上げることや、返済が不要な給付型奨学金の実現、「働き方改革」について明記した。こうした政策を実現させる安定的な財源確保などの課題を克服し、時間をかけてでも地道な改革に取り組めるかどうかが、経済対策の規模以上に問われている。

 (中村靖三郎、ワシントン=五十嵐大介

 

28兆円対策、効果は 貯蓄にまわる可能性 財源確保、見通せず 2016年8月3日

2015年3月に北陸新幹線の長野―金沢間が開業。ここから先は財政投融資を使って建設することも検討される
 第2次安倍政権で最大規模となる28兆円超の経済対策が決まった。しかし、身の回りでは将来不安が解消されず、1億総活躍プランの財源は明示されぬまま。その効果に疑問符がつく。▼1面参照

 ■簡素な給付措置

 低迷する個人消費の喚起策の目玉として、低所得者を対象に1人あたり1万5千円を配る「簡素な給付措置」の一括支給が盛り込まれた。消費税率10%への引き上げが2019年10月に再延期されたため、来年4月から「2年半分」を前倒しして配る。

 簡素な給付措置はもともと消費税率を5%から8%に引き上げた14年度、低所得者の生活への影響を和らげるために始まった。1人年6千円という現在の水準を維持したまま、来年夏ごろに2年半分をまとめて給付する。

 まとめて給付することで、まとまった買い物をしてもらおうというねらいがある。しかし、そもそも消費が低迷しているのは、不安定な社会保障など、将来の不安が大きいためだとの指摘も根強い。大半が貯蓄にまわることになれば、消費を上向かせることはできない。

 ■1億総活躍社会

 政権が最重要課題に掲げる「1億総活躍社会」の実現に向けた施策も並ぶ。

 「待機児童ゼロ」「介護離職ゼロ」という目標に向け、17年度から保育士は賃金を月平均約6千円引き上げ、さらに経験や技能に応じて最大月約4万円を上乗せする。介護職員の賃金も月平均約1万円引き上げる。費用は計2千億円規模とみられる。

 無年金者対策としては、17年度中に、年金受給に必要な加入期間を25年から10年に縮める。新たに約64万人が受給できる見通しで、費用は年約650億円だ。

 だが、これらの財源をどう確保するかはいまだ不透明だ。失業者が減って雇用保険の失業給付が減っていることを受け、給付金のうち政府が負担していた年約1500億円の一部などを財源にする考えだが、足りるかどうかは見通せない。年末の来年度予算編成まで財源探しが続きそうだ。

 ■横ばい局面なら需要の先食いに 宮前耕也・SMBC日興証券シニアエコノミスト

 事業規模ではなく補正予算の規模が重要だ。

 4兆円ということは、今年度の実質GDP成長率押し上げ効果はプラス0・4ポイント程度になる。財政投融資や民間企業の事業費は、経済対策としての効果はほとんどない。リニア中央新幹線の全線開通前倒しは、効果が表れるのが2020年代後半以降とだいぶ先だ。

 景気の横ばいが続いている局面での対策は需要を先食いするだけだ。いずれ景気の「谷」を生み出し、財政出動がやめられなくなってしまう。

 ■経済対策の主なメニュー

<事業規模28.1兆円(うち財政措置13.5兆円)>

【1億総活躍社会の実現の加速3.5兆円(3.4兆円)】

 ◆保育の環境整備

 ◆保育士・介護職員の処遇改善

 ◆雇用保険料の引き下げ

 ◆働き方改革の実現

 ◆給付金が受け取れる育休期間の半年延長(最長で)

 ◆簡素な給付措置の拡充

 ◆奨学金の拡充

 ◆年金受給資格の期間短縮

【21世紀型インフラ整備10.7兆円(6.2兆円)】

 ◆リニア中央新幹線の開業前倒し

 ◆整備新幹線の建設促進

 ◆大型客船が寄港できる港の整備

 ◆農林水産物輸出のための施設整備

【英国のEU離脱に備えた対策10.9兆円(1.3兆円)】

 ◆中小企業への資金繰り支援

 ◆中小企業の生産性向上に向けた支援

熊本地震などからの復興や防災対策強化3.0兆円(2.7兆円)】

 ◆熊本地震の被災地でのインフラ整備

 ◆東日本大震災の復興の加速

 〈財政措置は国や地方自治体が新たに予算を組む事業7.5兆円に「財政投融資」6兆円を足したもの。今年度補正予算案では一般会計で4兆円を見込む〉


スポーツから見えること  2016/8/5(金) 午前 10:50

東京オリンピックが決まって、その競技場建設をはじめとする莫大な予算とか、競技種目についても、自国の利益によっても、各国で様々な問題が起こっている。

政治もそうだが、スポーツでも・・メディアの取り上げ方によって、それは結局視聴率や企業の収益にかかわることから、その負の影には触れることもなく、勝利至上の道しか見えないようで、そう意味では政治もスポーツも、当事者もそうだが、支えている第三者としての我々市民―個人にその原因が見えてくる。

都知事の選挙をめぐる各局の報道を見ていると、2度の選択失敗の事実や、前知事に対する非難の嵐も忘れたように、同じ道を進んでいることが、私には見えてくるのです。

サッカーが好きでたまらないような子どもたちの姿は、学校の教育と同じように、競争が金と名誉に結びついて、結局はこの競争社会の負の領域にはいってみじめな敗者をつくりだしていくのだということに、気がついている人がどれくらいいるのだろうか。

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天声人語)五輪開催の損得  朝日 2016年8月4日
 リオデジャネイロ五輪の開催直前に水を差すような話だが、少なからぬブラジルの人たちが五輪を歓迎していないのが気になる。先月の世論調査で、「五輪開催はいいことより、悪いことのほうが多くなりそうだ」との意見が6割にのぼったという▼そもそも大統領が職務停止中という異常事態である。大統領の退陣を求めるデモでも、五輪がやり玉にあがった。「五輪開催の余裕はない。教育や病院の充実など、ほかにすることがあるはずだ」との声が本紙に載っていた。景気は落ち込み、政治は汚職に揺れる▼もはや祭典が無条件に歓迎される時代ではないようだ。開催後に評判が落ちたのがギリシャだ。2004年のアテネ五輪で多くの施設を建設したが、閉幕後は放置されているものが目立つ▼債務危機に苦しむギリシャは、借金の返済のため、空港や港湾、公営企業など売れるものは何でも売る姿勢だ。ただ、後の計画もなく造られた五輪施設には「買い手がつきそうにない」との声がある。むだ遣いの象徴になっている▼さて4年後の東京五輪である。当初7千億円とされた開催費用は見積もりの甘さや資材の高騰で、2兆円とも3兆円とも言われるようになった。どんぶり勘定といわれても仕方がない▼ここは顔ぶれ一新に期待したい。新都知事小池百合子氏が、新五輪担当相に丸川珠代氏が就いた。新しい目で見直し、将来に生きるお金の使い方をしてほしい。開催直前に世論からそっぽを向かれることがないように。


(異論のススメ)スポーツと民主主義 「停泊地」失った現代世界 佐伯啓思 朝日 2016年8月4日

 昔、ある人から、「君、スポーツの語源を知っているかい。これは相当にひどい意味だよ」といわれたことがある。じっさい、スポーツとは「ディス・ポルト」から出た言葉である。「ポルト」とは「停泊する港」あるいは、「船を横づけにする左舷」という意味だ。「ディス」はその否定であるから、「ディス・ポルト」とは、停泊できない状態、つまり、秩序を保てない状態であり、はめをはずした状態、ということになる。「ポルト」にはまた「態度」という意味もあるから、「まともな態度を保てない状態」といってもよい。

 どうみても、あまり褒められた意味ではなさそうである。事実、英語の「スポート」にも「気晴らし」や「悪ふざけ」といった意味があり、これなどまさしく語源をとどめている。

 その「スポーツ」の祭典が6日からリオで始まる。ロシア選手の組織的なドーピング問題や、大会会期中、不測の事態に要注意などといわれる今回のオリンピックをみていると、ついその語源を思い起こしてしまう。ロシアのドーピングなど、はめがはずれたのか、たががはずれたのか、確かに停泊すべき港からはずれてしまった。

 ところで、スペインの哲学者であるオルテガが「国家のスポーツ的起源」という評論のなかで、国家の起源を獲物や褒美を獲得する若者集団の争いに求めている。その様式化されたものが争いあう競技としてのスポーツであるとすれば、確かに、ここにもスポーツの起源と語源の重なりを想像することは容易であろう。

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 いうまでもなくオリンピックは古代ギリシャ起源であり、ギリシャ人はスポーツを重んじた。争いを様式化し、競技を美的なものにまで高めようとした。そしてギリシャでは「競技」が賛美される一方で、ポリスでは「民主政治」が興隆した。民主主義とは、言論を通じる「競技」だったのである。肉体を使う競技と言語を使う競技がポリスの舞台を飾ることになる。

 古代のギリシャ人を特徴づける特質のひとつはこの「競技的精神」なのである。スポーツと政治は切り離すべきだ、などとわれわれはいうが、もともとの精神においては両者は重なりあっていたのであろう。

 ということは、その起源(語源)に立ち返れば、両者とも一歩間違えば「はめをはずした不作法な行動」へと崩れかねない。競技で得られる報酬が大きければ大きいほど、ルールなど無視してはめをはずす誘惑は強まるだろう。

 それを制御するものは、自己抑制であり、克己心しかなかろう。そのために、ギリシャでは、体育は、徳育、知育と並んで教育に組み込まれ、若者を鍛える重要な教科とみなされた。その三者を組み合わすことで、体育はただ肉体の鍛錬のみならず、精神の鍛錬でもあり、また、自律心や克己心の獲得の手段ともみなされたのであろう。その上で、運動する肉体を人間存在の「美」として彫像に刻印しようとした。

 問題は、言論競技としての民主主義の方で、むしろこちらの方が、成功したのかどうかあやしい。民主主義の精神を鍛えるなどということは不可能に近いからである。ただわれわれが垣間見ることができるのは、ポリスのソフィストたちの「言論競技」のなかから、ソクラテスのような人物があらわれ、「哲学」を生み出したことである。

 しかしそのためにはソクラテスは「言論競技」を切り捨て、それを「言論問答」におきかえねばならなかった。彼は、政治よりも真の知識(哲学)を優位におき、それを教育の根本にしようとした。そうでもしなければ、スポーツも政治もただただ「はめをはずす」ことになりかねなかったからであろう。

     *

 さて、これはギリシャの昔に終わったことなのであろうか。今日、われわれの眼前で展開されている事態をみれば、決してそうはいえまい。民主政治は、どこにおいても「言論競技」の様相を呈している。アメリカのトランプ大統領候補をドーピングぎりぎりなどといえば冗談が過ぎようが、この現象が「ディス・ポルト」へと急接近していることは疑いえまい。民主主義のたががはずれかけているのだ。

 スポーツに高い公正性や精神性(スポーツマンシップ)を要求するアメリカで、民主主義という政治的競技において高い精神性や公正性が失われつつあるのは、いったいどういうことであろうか。

 今日、オリンピック級のスポーツには、ほとんど職業的とでもいいたくなるほどの高度な専門性を求められる。そのためには、スポーツ選手は職業人顔負けのトレーニングを積まなければならない。これは肉体的鍛錬であるだけではなく、高度な精神的鍛錬でもある。そこまでして、スポーツ選手は「ディス・ポルト」を防ぐ。しかし、政治の方には、そのような鍛錬はほとんど課されない。

 その結果、高度なスポーツは「素人」から遊離して一部の者の高度な技能職的なものへと変化し、一方、政治は「素人」へと急接近して即席の競技と化している。どちらも行き過ぎであろう。スポーツと民主主義を現代にまで送り届けたギリシャの遺産が、ロシアのドーピングやアメリカの大統領選挙に行きついたとすれば、現代世界は規律や精神の鍛錬の場である確かな「停泊地」を失ってしまったといわねばならない。

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 さえきけいし 1949年生まれ。京都大学名誉教授。保守の立場から様々な事象を論じる。著書に「反・幸福論」など


食べ物、支援の入り口   2016/8/18(木) 午後 6:15

オリンピックの日本選手の活躍にわいているメディア報道に隠れるように、社会の底辺にいる人たちの生活が紙面の片隅に見られる。そんな子どもたちや人々に目を向けて支援する人たちの姿がここにも見えてくる。


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食べ物、支援の入り口 自治体、フードバンクと連携進む  朝日  2016年8月18日

フードバンクのイメージ/最近設立されたフードバンク団体の例
 自治体による生活困窮者の支援は、フードバンクと連携することで、よりきめ細かく対応できるようになっている。新しい団体の立ち上げを後押しする一方、自治体が担う「食の安全網」の課題も見えてきた。▼1面参照

 生活困窮者自立支援制度に基づき設置された静岡市の支援窓口「暮らし・しごと相談支援センター」には切羽詰まった相談が数多く寄せられる。「10円しかない」だったり、「3日間食べていない」だったり。ただ、ホームレスへの緊急対応を除けば、制度上は食料提供や食料を買う現金を支給するメニューはない。

 そこで、センターを運営する市社会福祉協議会は「フードバンクふじのくに」に依頼。2週間分の食料提供を受け、スタッフが困窮者の自宅に届ける。

 センター主任相談支援員の安藤千晶さんは「食料支援をきっかけに、本人の置かれた状況を把握するのが狙いの一つ」と説明する。精神障害などが疑われるなら医療機関介護施設へ連絡し、借金問題を抱えていれば法律家へ。生活保護の申請窓口にも同行する。

 市の支援窓口には月平均で150件を超す相談があり、その2割ほどは食料支援を行う。けがをして建設関係の仕事ができなくなり、3月に食料支援を受けた50代の男性は「ここに来なければ死んでいたかも知れない」と振り返る。

 自治体との連携で、福祉施設や支援団体が中心だったフードバンクによる食料提供先も広がっている。

 フードバンク山梨(山梨県南アルプス市)は昨年から、給食がない夏冬の長期休暇の間に困窮世帯の子どもへ食品やプレゼントを届けている。この夏休みは県内の218世帯約500人の子どもが対象。年齢を考え、離乳食やお菓子も詰め合わせる。1人で子ども3人を育てる30代の母親は「誕生日もお菓子やケーキなんて買ってあげられないから、(支援の食品は)宝の山のようです」と話す。

 フードバンク山梨は今年度から山梨県中央市と市教育委員会と3者協定を結び、小中学校を通して必要と思われる家庭に支援の申込書を届けることにした。

 ■地域格差の懸念も

 だが、フードバンク活動の有無によって、困窮者支援の地域格差が広がる懸念もある。全国フードバンク推進協議会の米山けい子代表(フードバンク山梨理事長)は「財政基盤も弱く、法制度など課題も多い。全国的には行政との連携もまだ進んでいない」と指摘。協議会では、行政への要望や新団体の支援などに取り組む考えだ。

 フードバンク信州(長野市)の美谷島越子事務局長は「食料提供はあくまで緊急対応。それだけでは生活困窮の解決にはならない。必要な支援につなげることが重要だ」と話す。

 支援窓口の運用しだいで、実際には生活保護が必要な人を申請から遠ざける「水際作戦」にもつながる恐れがある。セカンドハーベスト・ジャパンは、フードバンクを水際作戦に利用しないよう求める注意書きをあえて利用案内に明記。連携する自治体などと確認書を交わしている。(編集委員・清川卓史)


車中のベビーカーと乗客  2016/9/14(水) 午後 11:22

電車の中で、ベビーカーを周りの乗客がどう見るかについて、迷惑を示す意見とか、母親の気持ちを理解するものまで、何度か読んだ記憶がある。いつかNHKの番組で見たことがあるが、人間は脳が未発達の段階で生まれてくるので、例えば夜泣きをするのもごく自然の発達段階にあるのだという。

そんなことを知っているか知らないかは別にして、日本の男たちは・・と言っていいのかどうかは別にして・・・母親が子供を育てることの大変なことを、もう少し理解できないものだろうかと思う。

そんなときの母親の気づかいとバスの運転手のひとことに、話の終わりに救われる思いがするのは投書者だけではないようです。

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子連れの母親の気遣いに驚き  朝日 (声)2016年9月14日  通訳案内士 片山睦美(東京都 62)

 久しぶりに乗った昼下がりのバスは、シニア層の利用が多く、座席はほぼ埋まっていた。そこに1歳くらいの男の子をベビーカーに乗せたお母さんが乗車してきた。この男の子が大声でぐずり始めた。すると、近くに座っていた女性がビスケットをあげた。男の子はいったん泣きやんだが、再びぐずり始めてしまった。

 私を含めて、他の乗客たちは傍観しているだけだった。お母さんは、バス停に止まるたびに下車する乗客一人一人に向かって、「ご迷惑をおかけしてすみませんでした」と謝っていた。さらに、自分が降りる際にも、「うるさくて申し訳ありませんでした」と再度、謝った。

 赤ちゃんにとって、ぐずるのは仕事のようなものだ。公共の場だからといって、ここまで気遣いしなければならないものだろうか。子連れで外出する親にこんなに負担をかける社会は、正しいのだろうか。

 私も、お母さんに「どういたしまして」と、一声かけるべきだったかもしれない。バスの運転手さんが「気にしないでいいですよ。また乗ってくださいね」とアナウンスしたのが救いだった。


グローバル化の中で  2016/9/19(月) 午前 11:22

社会保障予算が毎年1兆円ずつ増え続けている問題もある中で、人口減少に伴う看護・介護の不足を補う外国人を受けいれる制度の問題がある。華やかなオリンピックにばかりに目を向けるのでなく、もう少し人々の考え方や世界の変化に対応したやり方があってもいいのではないかと思う。
言ってみればこれも「政治」の問題であり、それはつまるところは日本の「人々の意識」の問題なのだ。

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外国人看護師・介護士、難しい定着「もう疲れ果てた」  朝日 2016年9月18日

 経済連携協定(EPA)で外国人の看護師や介護福祉士を受け入れて8年。インドネシア、フィリピン、ベトナムから計4千人近くが来日し、600人余が国家試験に合格した。労働力として期待される一方、合格者の3割以上は帰国などEPAの枠組みから離れた。「定着」はなぜ難しいのか――。

 8月下旬、介護福祉士インドネシア人女性(31)が6年半暮らした日本を離れ、母国に帰った。大きな段ボール箱一つ分は、介護と日本語の勉強の本で埋まった。「もう疲れ果ててしまった」

 来日前はインドネシアで小児科の看護師として働いていた。EPAの募集を知ると、アニメで憧れた日本に行けると夢が膨らみ、2009年に応募した。

 来日後、4年間は施設で働きながら研修をする。仕事は楽しく、覚えた日本語で利用者と冗談を言い合った。夕方には自習時間があり、月2回は日本語教室に通わせてもらった。日本の制度や専門用語は難しかったが、過去の問題を頭にたたき込み、14年に介護福祉士の試験に合格した。

 ところが、合格後に生活は変わった。国が補助金をつけて施設に研修を義務付けているのは合格するまで。勉強の時間はなくなり、家賃の補助も出なくなった。合格しても給料はほとんど上がらず、長期休暇も取りづらかった。

 昨年末から夜勤リーダーの見習いが始まった。最初ははりきったが、期待はすぐにしぼんだ。日勤への申し送りは、15分間で入所者42人分の夜間の状況を口頭で伝える。「失禁があって全更衣しました」など日常会話では使わない言葉を早口で言う。発音が悪いと、「何を言っているか分からない」とダメ出しされた。

 毎晩残って練習し、3カ月間の見習い期間の最後に臨んだ試験。5人分の状況を伝えるのに10分かかったところで、打ち切られた。

 このころ、日本の受け入れ機関である国際厚生事業団にメールで送ろうと、書き留めた文章がある。

 「ずっと我慢して仕事をしながら、申し送りの勉強をしていましたが、やはり疲れました」

 追い詰められて笑顔をなくし、帰り道に何度も涙を流した。上司に「辞めたい」とこぼすと、「今の状態じゃどこも雇ってくれない」と返された。たまたま母国で結婚話が持ち上がり、帰国を即決した。

 「頑張って頑張って合格したけど、もっと高い壁がある。私は日本人と同じようにはなれない」

 別のインドネシア人女性の看護師(32)も帰国を考えている。08年に来日し、12年に国家試験に合格。一緒に来日したインドネシア人の男性看護師と結婚し、2人の子どもを授かった。

 弟や妹を大学へ行かせるため、故郷へ仕送りを続ける。月6万円の保育料は高かったが、共働きで生活費をやりくり。困るのは、子どもが病気になった時だ。

 せき込む娘を腕に抱き、勤め先の病院に「今日も休ませてください」と連絡するのが心苦しい。合格すれば両親を呼び寄せて子育てを手伝ってもらえると期待していたが、制度上、配偶者と子どもしか呼び寄せられないことを知った。

 仕事は忙しく、このまま夫婦2人だけで子育てをすることに限界を感じる。

 「日本の子育てや保険の制度は外国人には難しい。日本は私たちの将来まで考えてくれているのか」

■悩み共有、支え合うコミュニティー

 国際厚生事業団は受け入れた外国人が働く施設を巡回し、週に2回の電話相談を行っている。ただ、合格者の悩みは子育てや転職など複雑になっている。こうした悩みを共有して情報を交換しようと、インドネシアから来日した合格者は昨年12月に「インドネシア人看護師・介護福祉士協会」を立ち上げた。

 断食月中の6月、横浜市内の団地の一室で開いた集会に約40人が集まった。「入浴介助では暑いからベールを外すようにと上司に言われた」と女性介護福祉士が訴えると、「気持ちを伝えた方がいい。1人で難しいなら説明を手伝う」と他の女性が応じた。

 まとめ役の男性看護師モハマド・ユスプさん(35)は「これまでは合格するのに一生懸命だったが、生活するには、みんなで支え合って問題を解決でき、孤独にさせないコミュニティーが必要」と言う。関西や四国には支部ができた。

 ユスプさんは第一陣で来日して8年。12年に合格してインドネシアから妻を呼び寄せ、小学5年と3歳の息子2人を育てている。

 東京都杉並区の河北総合病院の整形外科病棟。ユスプさんが骨折して入院中の高齢女性の足先に触れ、「指は動かせますか」と尋ねると、「動かすと前より痛い」。「少し腫れてますね。冷やしましょう」と笑顔で応じ、病室を出た。電子カルテには「体動時疼痛(とうつう)増強」と素早く打ち込んだ。

 「ここまでできるのに合格して3年かかった。同僚が理解し、助けてくれたからここまで来られた」

 7月中旬には都内で研修中の介護福祉士候補者を訪ね、「日本には『出る杭は打たれる』という習慣がある」などと助言。「いつでも相談して。支え合える仲間がいる」と声をかけた。

 EPAが始まった当初から日本語教育などを支援してきた名古屋市の平井辰也さん(52)は昨年7月、相談窓口として「EPA看護師介護福祉士ネットワーク」を発足させた。労使トラブルから税金や年金の手続き、家族の呼び寄せといった相談が寄せられる。

 フィリピン人の女性看護師(30)は頼りにしていた上司が退職し、働き続けることが不安になった。「帰国したい」と相談すると、平井さんは転職の道もあることを教え、外国人看護師などの専門転職サイトを教えた。「相談できて助かった。合格した後の日本政府のサポートは十分ではない」と女性看護師。平井さんは「EPAは国と国の協定だからこそ、国が関与して法的な権限でトラブルの解決や未然防止、監視ができる第三者機関が必要ではないか」と主張する。

 長崎大大学院の平野裕子教授(保健医療社会学)は昨年12月、インドネシア日本大使館がEPAを離れた帰国者を集めた就職説明会で調査をした。回答した帰国者29人のうち、13人が「日本で仕事をする生活に疲れた」と答えた。そのうち8人は合格者だった。

 平野教授は「看護や介護は日本人にとっても楽な仕事ではない。言葉の問題をクリアした先には、多忙や子育ての難しさといった日本人にも共通する悩みを抱える人がいる。根本の問題が解消されない限り、日本人と同じように外国人も疲弊する。日本の働き方自体を見直す時だ」と訴える。(松川希実、森本美紀)

 〈経済連携協定に基づく外国人の受け入れ〉 2008年に始まり、インドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国と協定を結んでいる。経済上の連携を強めるため、日本で看護師や介護福祉士の国家資格を取って長く働いてもらう狙い。国内の労働市場に影響しないよう受け入れの上限があり、16年度は各国とも看護師が200人、介護福祉士が300人。国家試験は看護師が原則3年で毎年受けられ、介護福祉士は原則4年で1回の受験。合格すれば在留が認められ、合格しなければ帰国しなければならない。15年度の合格率は看護師が11%、介護福祉士は50%を超えた。


自然から離れると・・・  2016/9/25(日) 午後 2:39

世界はグローバル化が進んでいる半面、日本の政治に見られるような内向きの国民の意識が、アメリカの大統領選挙や黒人やメキシコ人・イスラム系差別にも見られる。社会は科学技術の発展が進む半面として、格差が広がり悲惨な事件や暴力・破壊が気になる。
私自身の生活を見てみると、ネットやTVに依存する時間が増えて、視力が衰え、首も痛くなったりして、健康の面でも赤信号が見えるようになって危機感を感じている。これは体のみならず、心の中でも内向きと実物離れが進んでいるようで、一昔前のように「外に出て、好きな田んぼや野原や丘の中を歩く・・自然の中の生き物・土・空に触れることがめっきり少なくなってしまった。

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天声人語)トコロジストという発想  朝日 2016年9月25日
 自然を学び、守るエコロジストはよく聞くが、トコロジストという言葉は知らなかった。公園や森など身のまわりの自然をじっくり観察する「その場所の専門家」だという。養成のための講座があると聞き、神奈川県大和市を訪れた▼この日の実習は、「生きもの地図」作り。地形図を手に公園を歩き、紅白の小さな花をつけるミズヒキや巣を張るジョロウグモなどを見つけ、一つ一つ書き込む。場所に精通する第一歩だという▼「見過ごしてきたけれど当たり前のもの。それを面白がってもらえれば」と講師役の箱田敦只(あつし)さん(52)は言う。勤務先である日本野鳥の会を通じ、県内の博物館長でトコロジストを提唱していた浜口哲一(てついち)さん(故人)と知り合った。専門分野の生きものを遠くに探しに行くのではなく足元にこだわる。その姿勢にひかれた▼娘が幼いころ近くの公園を歩いて気付いたことがあるという。幼児の歩みにあわせると、やぶの物音で野鳥を見つける。アリの行列に目が行く。ジョギング、大人の足、子供の足――。進む速さを変えると見えるものが変わる▼地球温暖化生物多様性など自然にかかわるニュースは多い。頭で分かろうとしても縁遠い感じは拭えない。まずは身近な生きものにふれようという提案は古くて新しい▼当方も近所の公園をゆっくり歩いてみた。名を知らぬ小さな花がある。聞き分けられぬが虫の声がにぎやかだ。トコロジストにはとてもなれないが、秋といっしょにいることだけは感じた。


国民のどこを見ているのか 2016/10/1(土) 午後 6:09

政治家は「国民が求める・・」とか「都民の目線」などと言うが、その「国民」の立場とか地位によって、考えること、望むことが違って・・互いに対立し争っているというのが「現実社会」であり「国民」の実体なのだ。
そんな現実社会の中で、政治家が言う「国民」とは、自分たちを支持し票を入れてくれる・・つまりは自分に都合のいい「国民」を意味する。
もう少し社会の世界の隅の方をのぞいて見れば、何か違った人々の風景が見えてくるはずである。オリンピックだ、都知事選挙だと騒いでいる・・どこか影のところでどうにか生きようとしている人たちの方に、私たちは目を向けなければならないと思う。

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「隠れ貧困層」推計2千万人 生活保護が届かぬ生活   朝日 2016年9月28日

 生活保護を受ける人は200万人を超え、20年前の2・4倍に増えました。その背後には、さらに膨大な「隠れた貧困層」もひかえています。人々が安心して暮らせる手立ては用意されているのでしょうか。

 「毎月やりくりしても赤字が出ちゃう…」

 埼玉県の女性(77)が、通帳とにらめっこしながらため息をついた。10年前には100万円以上あった貯金は、すでに10万円を切っている。

 40代で会社員の夫と別れ、子連れで住み込みの寮母などをして息子2人を育てた。清掃員をしていた70歳のとき、高齢を理由に仕事を辞めさせられた。その後は探しても職がなく、年金頼みの暮らしになった。

 女性は厚生年金の加入期間もあり、もらえる年金は1カ月で9万円ほど。うち半分は、一人で住むアパートの家賃にあてる。電話代や光熱費などで計1万円強。食費を切りつめても、長年かけてためたお金が目減りしていく。息子たちが月2万円ずつ援助してくれると言うが、もらえない月もある。それぞれの生活で大変なことを思うと、催促はできない。

 年金収入だけでは、生活保護の基準を下回っている。だが、「保護の申請は気持ちの踏ん切りがつかない」と言う。

 「生活保護は本来、障害や病気に悩む人のための制度だと思う。昔から健康に働き、子どもを育ててきたプライドがある。なんとかやり繰りしなければ」

 できる限りの節約が続く。テレビは、地上デジタル放送への対応機が必要になったとき見るのをやめた。新聞購読もやめ、近くに住む妹からもらって数日分を読む。老眼鏡のレンズの度が合わなくなったが、がまんしている。

 2013年秋から、過去の物価下落時に据え置いた分の年金の減額が行われた。「もうこれ以上、どうすればいいの」。女性は、減額分の給付を求める集団訴訟に原告の1人として加わっている。

 国民年金は満額でもらっても6万円台に過ぎない。多くの高齢者が、埼玉県の女性に輪をかけた低年金に苦しんでいる。

 一方、生活保護を受ける65歳以上の高齢者世帯は約80万。低年金でも、生活保護で補えていない人たちがいる。

 主な理由は、「最後のセーフティーネット」とされている生活保護の受給条件の厳しさだ。地域や年齢で決まる「最低生活費」の1カ月分が、収入や貯金などで賄えないと判断された場合、保護が支給される。自家用車を持つことも原則として認められていない。

 きょうだいや子どもに支援できる人がいないかもチェックされる。生活保護への世間の偏見から、申請をためらう人もいる。

 社会保障に詳しい都留文科大学の後藤道夫名誉教授は「丸裸になるまでは自助努力に任せるのが、日本のセーフティーネットの現状だ。最後のセーフティーネットの網にかからず、福祉の手が届かない人々がたくさん存在している」と指摘する。言わば、「隠れた貧困層」だ。後藤氏の推計によると、世帯収入は生活保護の基準以下なのに実際には保護を受けていない人は、少なくとも2千万人を上回る。高齢化が進めば、その数はさらに膨らむ。

■週6日パート、生活保護額よりより低い賃金

 「隠れた貧困層」は、高齢者に限らない。

 神奈川県の40代女性は、幼児から大学生まで5人の子どもを育てるシングルマザー。うどん屋チェーンで働いて生計を立てる。

 パートの時給は約1千円。週6日、1日8時間働いて月収は手取りで約20万円。児童手当などを加えても25万円くらいだ。

 休むと給料が減るので、風邪をひいても働く。本当は正社員になりたいが、子どもが小さいうちは残業できないため、あきらめている。今でさえ、仕事を終えて保育園経由で午後7時に帰宅すると、先に帰った小学生2人がスナック菓子で空腹をなぐさめている。母の帰りが待てず、そのままソファで寝てしまうこともしばしばだ。

 「夫との離婚もたくさん子どもを産んだのも自分の決断だから、生活が苦しいのはしょうがない。いま一番ほしいのは時間のゆとり。ゆっくり子どもと向き合える時間がほしい」

 頭をよぎるのは、生活保護だ。調べてみたところ、子どもが多い女性は、月の受給額が30万円を超える。今の生活よりもずっと楽になる。

 だが、父からもらった乗用車と数十万円の貯金を持っているから保護は受けられないだろう。車は、自宅から遠い保育園の送り迎えに欠かせないし、日々の節約と前の夫からもらった養育費でつくった貯金は、子どもの進学のためのものだ。

 「子どもの将来を守るのも親の責任。ぜいたくしたいとは思わないけど、生活保護以外にもう少し支えてくれる制度はないものでしょうか」(牧内昇平)


国民という名の人々の意識 2016/10/4(火) 午後 0:09

この国の政治家と国民という名の人々の意識はどうなっているのだろうか。自民党や内閣の支持率は高く、経済はうまくいっていると思っているのかもしれないが、総理大臣に取り込まれた日銀の政策とやらは、裏目裏目に動いて、国の借金は増え続け、貧富の格差は広がっているのだが、肝心の国民のみなさまは鈍感そのものなのか。

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(波聞風問)日銀総括検証 「リフレ派」敗北の先は 原真人     朝日 2016年10月4日
 この3年半というもの、日本経済は「リフレ政策」の実験場だった。リフレとは金融政策で人為的にインフレを起こすこと。リフレ論者は、日本銀行が紙幣をどんどん刷って国債などを大量に買い、世に出回るお金の量を増やせば物価が上がり、景気も良くなるというストーリーを描く。

 経済学界では少数支持の異端理論を、安倍晋三首相はアベノミクスの核に据えた。黒田東彦総裁の日銀はその意のままお金の量を2倍、3倍と増やしてきた。これでは政権の執行機関に成り下がったと言われても仕方ないだろう。

 だが物価はいっこうに上がらず、足元ではややマイナスだ。安倍政権での実質成長率は年率0・8%にすぎず、民主党政権期の1・7%より悪くなった。これだけでもリフレという「壮大な社会実験」は失敗だったと言える。

 過日、日銀が政策の「総括的な検証」をした。リフレ失敗を認めるかと思ったら違った。インフレ目標が達成できなかったのは原油価格の下落や消費増税新興国経済など「外部要因のせい」という。物は言いようだが、現実を直視すればリフレ派が挫折感を感じていないわけはない。

 「なぜ物価は上がらないのだろう?」。就任から数カ月たったころ、黒田総裁は外部の識者たちを招いた非公式の会でそんな質問をぶつけた。

 その場にいた一人は振り返る。「総裁は、すぐに上がると思っていた物価が上がらず不安になったのだろう」

 そんな不安を隠し、強気で緩和路線をひた走ってきた日銀だが、ここへ来て軌道修正に乗り出した。総括検証の際に、緩和基準をお金の「量」から以前のように「金利」に戻すと決めたのだ。

 日銀の政策決定会合メンバーのうち、岩田規久男副総裁らリフレ派とみられる3人もその変更に賛成した。量を絶対視してきたリフレ派からすれば、敗北宣言にも等しい。

 日銀内にも地殻変動が起きている。とはいえ日銀は「緩和強化」の旗は降ろさなかった。長期戦の構えを見せ、「出口」は見えない。なぜか。

 大きな理由は、異次元緩和のぬるま湯に慣れきった金融市場への配慮だ。彼らが「日銀は緩和に消極的」と見なせば、とたんに円高株安が進んでしまう。そうなれば円安株高を追い風としてきた安倍政権が、再び日銀に強い緩和圧力をかけてくる。日銀はそれを恐れたのだろう。

 金融緩和による景気浮揚はしょせん将来需要の「前借り」にすぎない。人口減少、超高齢化の社会で前借りが過ぎればどうなるか。ツケの返済に追われた日本経済の未来はけっして明るくはない。

 市場と政権にからめとられた日銀は、もはや自らの判断で緩和を止められなくなってしまったようだ。そうなると、「緩和の罠(わな)」から抜け出せない日銀そのものが、今や日本経済を長期低迷に陥らせる最大の原因と化してしまったと言えないか。

 (はらまこと 編集委員